ソブリンリスク?

村上龍氏のJMMで信頼している真壁さんの投稿をご紹介します。


■今回の質問【Q:1247】

先週格付け会社のスタンダード&プアーズは、フランスを含むユーロ圏9カ国の国債格付けを引き下げました。この事態は、日本にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 1月13日、有力格付け会社であるS&Pはユーロ圏9か国の格下げを発表しました。今回の措置の中で最も注目されるのは、今まで最上級(AAA)を維持してきたフランスとオーストリアの格付けが引き下げられたことでしょう。ただ、フランスなどの格下げは、金融市場関係者の間ではかなり以前から予想されていたため、市場の初動動作としてはそれほど大きな影響を及ぼしていません。

 一方、冷静に今回の格下げのインパクトを考えると、必ずしも小さくはないはずです。というのは、現在、ユーロ圏のセーフティーネットとして創設されたEFSF(欧州金融安定基金)は、ドイツなどの最上級格付け国の政府保証を付けて債券を発行し、その資金を使って危機に陥った諸国を救済するスキームになっています。

 今回、フランスとオーストリアの格下げが実施されたため、実際に使える資金枠が約4400億ユーロから、約2600億ユーロに減少することになります。その内、既に1900億ユーロを使っていますから、残り使える資金枠は約700億ユーロということになります。その金額では、今後、何か不測の事態が起きた時に対応できることが大きく制約されることになります。それは、少し長い目で見ると、ユーロ圏のリスク対処能力を減殺することになります。

 今回のフランスの格下げに関連して、わが国への影響は主に三つあると考えます。
一つは、投資資金がわが国の国債に向かいやすくなることです。ユーロ圏の信用不安問題が拡大するにしたがって、投資資金は安全な投資対象を求める傾向が強まってい
ます。具体的には、ドイツや米国の国債に投資資金が流れ込んでいると言われています。それと同時に、一部の投資資金が、わが国の国債、特に短期国債流入しているようです。今回、フランスの格下げは、そうした動きを増幅することが考えられます。

 次に考えられるのは、ヘッジファンドなどの投機筋が、わが国の信用力の低下を見越して国債に売り浴びせを掛ける可能性です。世界の主要国の財政状況を単純に比較すると、わが国の状況は目立って悪化しています。ヘッジファンドなどの投機筋は、従来もわが国の国債に売り浴びせを仕掛けたことがありました。ところが、国内に資金が潤沢にあり、しかも国債に対する需要が旺盛だったため、今までのところ彼らの売り仕掛けは上手く行っていません。

 しかし、今後、そうした状況が続く保証はどこにもありません。国債消化の原資となるべき国内の個人金融資産に余裕がなくなってしまうと、いずれかの段階で国債消化に支障が顕在化することが懸念されます。そうした兆候が少しでも出ると、恐らく、投機筋はデリバティブ金融派生商品)などを使って、わが国の国債に売り仕掛けをしてくることが予想されます。今回のフランスの格下げが、世界的なソブリンリスクの高まりを連想させるようだと、そのタイミングが早まることも考えられるでしょう。

 もう一つの影響は、今回の格下げが、わが国政府の財政立て直しの動きに追い風になる可能性です。既に野田首相は、「フランスの格下げは対岸の火事ではない」との発言を行っているようです。「フランスですら格下げになるのだから、わが国もしっかり消費税を引き上げて財政を立て直すべきだ」というロジックを組み立てやすくなります。国民にとっても、実際のフランスなどの格下げという具体例があった方が、消費税引き上げなどの負担増を受け入れやすくなるかもしれません。

 フランスの格下げについては色々な見方があるようですが、基本的には、財政状況の悪化に対する警鐘として真摯に受け止めるべきだと思います。一方、政府は、「消費税引き上げありき」のロジックに使うべきではないでしょう。政府は、議員定数の削減など可能な限り無駄な歳出削減を行うべきで、それによって国民からの理解も得る努力をすべきです。

                       信州大学経済学部教授:真壁昭夫